寺田優

寺田優

Seven with Signor Sake:寺田優(てらだ まさる)寺田本家 千葉県

私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。

寺田優(てらだ まさる)さんの蔵には、甑(こしき)以外に機械らしきものは見当たらず、蒸米以外はすべて微生物の力を借りて手作業で行われている。伝統的で自然に寄り添ったアプローチは米作りにまで及び、農薬を使う代わりに、深水管理を行うことで雑草から有機栽培の米を守っている。


寺田さんは、添加物を使わずに自然との調和を目指す「自然派」の生産者の一人だ。こうしたアプローチは、近年、海外のワインメーカーで増えているものの、日本酒ではまだまだ珍しいのが現状である。日本酒の場合、製造中のお酒を腐らせてしまうリスクを避けるため、一般的には市販の酵母が使われている。しかし、寺田さんは、そのリスク(かつ大変な手間)に見合う価値があると語る。それが、シンプルでありながら主張があり、生命力に満ちた寺田本家のお酒なのだ。


一 先代が自然米を開拓したことで有名ですが、その背景を教えていただけますか。

自然酒は先代がまだ若かった1980年代に始めました。 自然酒を造る前は、添加物がたくさん入った大量生産型のお酒を造る蔵でした。しかし、売り上げは悪かった。且つ、先代はいつもイライラして、事業がうまくいっていなかったそうです。 

そんな折、先代が突如体調を崩し、売り上げも悪かったので、酒造りをやめてしまおうか考えたそうです。腸の病気になって手術を受けた後、病院の寝床から天井を見上げ、なぜこんなことになったのかと思い巡らせました。そして、酒造りというのは、微生物たちがワイワイと楽しく集まって発酵するのが本来の姿であるの に、金儲けを第一に事業をして、腐るようなことばかりしていたなと反省したそうです。発酵よりも腐敗の道を進んでしまっていたのです。 

「そして、酒造りというのは、微生物たちがワイワイと楽しく集まって発酵するのが本来の姿であるの に、金儲けを第一に事業をして、腐るようなことばかりしていたなと反省したそうです。」


そこで、もう一度発酵するお酒を造ったら世の中の助けにもなるし、蔵も潰れずに酒造りも続けられるかもしれないと考えました。まずは原料を見直して、一番安い米をいっぱい買っていたのをやめて、丹精込めて育てた無農薬の米で純米酒を造る方向へ切り替えました。それを何年かした後に、微生物も買って来るのをやめ、蔵に住んでいる菌たちで造ろうと決めました。そういった酒は一般的な酒に比べたら酸が強く、味が多い、癖が強い、といった味になって、寺田の酒は腐っていると言われることもありました。 逆に、この癖のある寺田の味が昔ながらの酒で、求めていた味だと言ってくれる人も少しずつ現れ、事業を続けていくことができました。


二 2012年に蔵を継いで12年近く経ちますが、世代交代してから変えたことはありますか。

2018年から蔵元をやりながら、杜氏も兼ねるようになりました。私の他にも杜氏はいましたが、私の代からもっと自然発酵にチャレンジしたいと思い、責任を持って蔵元をやりながら杜氏の仕事に切り替えて行きました。生酛造りは前からやっていましたが、酒母も酵母添加なしで、その時その時で湧いて来るものを使用するようにしています。前は上手くできた酒母から酵母を他の酒母に移すようなこともしていましたが、それも一切やめました。

「私の他にも杜氏はいましたが、私の代からもっと自然発酵にチャレンジしたいと思い、責任を持って蔵元をやりながら杜氏の仕事に切り替えて行きました。」


それが一番大きな変化ですが、毎年造り方は少しずつ変えています。むすひの造り方も細かい製造方法は10年前と今とでは違っています。 酒母はバッチごとに変わってしまいます。 3本ぐらい造ってそれをブレンドすることもあります。 造った時に利酒をして、好きなものはそれだけ取っておくこともあります。

貯蔵庫は去年から使い始めました。長期熟成をそこでしています。今までにも15年ぐらい寝かせた酒はありました。絞ってから瓶詰めの期間は長くしたくないものの、瓶詰めすると場所が必要になるので蔵を作りました。 建物自体は100年ぐらい経っていて、もう傾いてしまっていたのを一回全てバラバラにして、地元の大工に頼んで建て直してもらいました。

あの建物はもともと木内酒造という別の酒蔵が所有していた蔵で、戦前まで経営していました。戦後の企業整理で実績が少ないところは統合することになり、木内酒造はやめてしまったので、戦後ずっと使用されていなかったのです。 こういう大きな木造の蔵は建築上の問題で今は建てることができません。また、周りのじいちゃんたちに聞いたら、戦後はこの蔵に集まって映画の上映会をしたり、プロレスの交流があったり、昔の人にしたら思い出深い場所であることが分かりました。思い出、歴史が詰まった場所を簡単に壊したくなかったんです。費用はすごくかかりました。(同じ金額で)家が3軒ぐらい建つんじゃないかな。


三 造り手から見た自然酒の良さは。

シンプルなのがいいですね。余計なものを加えたり、余計な操作をしなくてもちゃんと沸いてく れる。温度管理はきちんとしますが米と麹と水を混ぜるだけで毎回必ず沸くこと。時間が思ったよりも10日〜14日くらい余計にかかることはありますが、必ず湧いて発酵する力が自然の中に備わっていることに驚かされます。そのエネルギーをお酒として皆さんに伝えるのが私の仕事だなと思う。毎回「すげえな」と感動します。毎回ドキドキしています。 

「必ず湧いて発酵する力が自然の中に備わっていることに驚かされます。」




四 自然酒の定義は。

私たちの定義は「化学物質を使用していない米を使用し、蔵の菌を利用して発酵させて造ること」です。正式なカテゴリーがあるわけではないですし、蔵によっても考え方が違います。

昔は、うちでも澱下げをしていました。澱下げは濾過の過程で必要になります。牛のゼラチンを使用してたのですが、それが嫌だったので魚成分のゼラチンを使用するようになりました。でも、そもそも濾過しなくて良いのではと考え始め、今は使用していないです。澱下げの作業自体はするのですが、1週間ぐらい置いておいて澱が下がったら抜いていくという方法にしています。澱はちょっと入ってしまっていますが、それでもいいじゃないかと思います。 自然派はまだ大きくはないですが、少しずつ広がっていると思います。





五 酵母や乳酸は、味わいの設計をしやすくしたり、腐造の予防として添加される一面もあると思いますが、寺田本家ではどちらも添加していません。リスク管理はどのようにされていますか。

造った酒がだめになってしまうことは何回かありました。私が体験したのは私が蔵に入って2年目の2005年ぐらいで、酵母添加するかしないか試行錯誤している時期でした。酵母添加した酒母の段階では良い感じだったのに、醪の工程に入るとアルコールが7~8度で止まって、えぐくて口にベタっとつくような酸味が出てきてしまいました。腐造で多酸性酵母になってしまいました。しかし、その後、酵母添加しないと決めて、添加を無くしてからは、時々火落ちっぽいのは出てきますが、腐造性のものは出て来なくなりました。

むすひは本当に酸っぱくて、火落ちっぽいのもありますよね。ただ、前述の失敗したものは計画しないで酸っぱくなってしまいましたが、むすひは計画的にしています。むすひはワイルドにいつも発酵してくれます。私が蔵に入る前は全く売れず、年1回1000本造るだけでしたが、冷蔵庫に高く積み上げられて、一体いつになったら売れるのかな、と蔵の者達で話し合ったりしました。その後、だんだん人気になって、一時は造っても造っても生産が需要に追いつきませんでした。むすひは、日本酒とはこういうものだといった固定概念のない、日本酒ファンではない人たちに人気になったことで販売が伸びました。ただ、生酒なので、輸送途中に酸っぱくなり過ぎてしまい、海外販売は苦戦しています。

「むすひはワイルドにいつも発酵してくれます。」


六 蔵付き酵母は日本酒の風味にどのような影響を与えますか。

うまく答えられないですが、蔵付き酵母の面白いところは発酵期間が長いので、いろんな菌が入ることです。多種類の酵母が働くことで、味わいが複雑になり、酸味が強くなる。味が崩れにくい。熟成にも効く味になる。


他の蔵は余計な菌が増えてしまうので納豆を食べないようにしたりしていますが、私たちは制限していません。私たちの蔵は納豆を食べても全く問題ないし、納豆臭くなったこともないです。うちの蔵には色々な菌がいるから、納豆菌も色んな菌のうちのひとつでしかない。純粋培養の菌を使用する場合は、一回淘汰した後で菌を入れるので、うまく淘汰されていないと、悪い菌が広がるリスクがあります。自然発酵は元々いろいろな菌がいる中に勝手に乳酸菌がだんだん増えていくので、ひとつの菌が突出することはないと思います。その代わり、温度の管理が必要です。 



「今の田んぼは先代の頃からなので1990年代から30年ほど無農薬です。」



七 お米の栽培方法について教えてください。


田んぼは特別なことはしていません。昔、合鴨や鯉を放したこともありましたが、 今は田車にエンジンが付いた除草機で草取りしたり、深水管理をするだけです。深水管理は田植え後に苗が水面から出るギリギリまで水を張ります。そうすると水が深いので他の雑草が水圧であまり育たないんです。水は毎日田んぼに行って確認しています。

新鮮な水を入れたほうが水中の酸素が多いので、米に取って良いという話がありますので、本当は掛け流ししたいのですが、他の田んぼの水が足りなくなってしまうので、タイミングを見ながら調節しています。
今開墾しているところは全て湧き水で対応しています。湧き水であれば天候次第で使い放題で、水の管理も自由が効くので、休耕田を復活させたいです。今の田んぼは先代の頃からなので1990年代から30年ほど無農薬です。新しく開墾しているところは何年か置いておいてから作付けしていきます。


SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒

寺田本家のお酒は生き生きとしていて、生命の息吹が感じられます。造っているお酒はすべて蔵付き酵母で発酵し、米、麹、水以外の添加や介入もありません。一口飲んでみると、それぞれのお酒の根幹にある微生物の力を舌や体で感じ取ることができるでしょう。味わいに関しては、ワイルドでファンキーなだけでなく、落ち着いた風味もしっかりと楽しめます。



醍醐のしずく
シルキーなシロップのような口当たりで、プラム、洋ナシ、シトラス、麹の香りがする甘口のお酒。デザートやチーズとの相性が抜群です。冷やしてお召し上がりください。


発芽玄米酒むすひ
「むすひ」という名前は、蔵の敷地内をいつも見回っている、飼い犬の黒いラブラドールにちなんだもの。「酒は百薬の長」にも通じる独特のエネルギーを持つお酒です。原材料は玄米で、日本酒、サワービール、サイダーを合わせたような飲み心地です。

香取80 香取90
それぞれ精米歩合80%と90%の米で造られ、日本酒の高精白主義に一石を投じるようなお酒。地元で栽培された有機栽培のコシヒカリを使用し、米の香りとやや辛口の味わいが特徴です。様々な温度帯で楽しめ、秋冬の定番として日々活躍することでしょう。


寺田本家ホームページ

https://www.teradahonke.co.jp/

奥 裕明

奥 裕明

森喜るみ子

森喜るみ子