山本 長兵衛

山本 長兵衛

Seven with Signor Sake:山本 長兵衛(やまもと・ちょうべえ)油長酒造 奈良県

私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。

ヨーロッパで聖職者たちがビールやワイン造りに影響を与えように、日本でも僧侶が日本酒の発展に大きく貢献してきた。奈良の地では1300年代から1500年代にかけて寺院の中で僧侶たちが酒造りを行い、現代の酒造りの基礎になる技術を確立したのである。

奈良の菩提山正暦寺は、当時から酒造りを行っていた寺の一つである。この寺には、酒造りにおける重要な発展が数多く記録されており、奈良が清酒発祥の地と言われる所以にもなっている。なかでも、特筆すべきは「菩提酛」という酛(もと)造りだろう。この造りは20世紀初頭に途絶え、忘れ去られようとしていたが、近年、正暦寺と奈良県の一部の酒蔵が協力する形で復活した。

菩提酛造りに参加する酒蔵は1月初旬に正暦寺に集まり、米を蒸し、酛の仕込みをする。その酒蔵のひとつが、「風の森」で知られる油長酒造で、13代目蔵元の山本長兵衛が代表を務める。父親である12代目は、1990年代に「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」で中心的な役割を果たし、13代目長兵衛も菩提酛のアンバサダーとして活躍している。こうした活動を通して奈良県の歴史的な意義が認められるようになり、菩提酛で造る日本酒はこの地域特有の酒として認識されるようになった。

酒造りの長い歴史を持つ地域に身を置きながら、13代目長兵衛は未来志向のパイオニアで過去に縛られることはない。数百年前に彼の先祖たちがそうしたように、自分たちも今、酒造りに革命を起こさなければならないと常に考えている。


一 菩提酛はいつどのように復活しましたか。

私たちが造っている鷹長菩提酛純米酒は、歴史的背景の非常に強い酒母を使った酒です。今も正暦寺で造った酒母をお寺から引き継いでお酒にしており、「菩提酛」の名前も菩提山正暦寺に由来しています。夏に酒造りが行われていた時代には広く使われていたものの、江戸時代の中期、1700年以降に酒造りが冬に行われるようになるにつれ、菩提酛を使って酒造りをする酒蔵はほとんどなくなり、近年まで日本酒メーカで広く使われる酒母では無くなっていました。

一度忘れ去られそうになっていた技術を「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が復活させ、20年間造ることで認知度が上がり、菩提酛を利用する酒蔵も少し増えて来ました。


しかし、菩提酛は奈良にある菩提山正暦寺に由来する特別な酒母なので、私たちの父親の世代が1996年に、「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」を立ち上げ、菩提山正暦寺のお寺でもう一度酒造りを始めるプロジェクトをスタートしました。それがきっかけとなって菩提山正暦寺では酒母の製造免許を取得、1999年ぐらいからお寺で酒母の製造がスタートし、2020年に21回目を迎えました。一度忘れ去られそうになっていた技術を「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が復活させ、20年間造ることで認知度が上がり、菩提酛を利用する酒蔵も少し増えて来ました。菩提酛研究会の役割も大きなものだったのではと思っています。

菩提酛という酒母が他の酒母と圧倒的に違うポイントは、蒸す前の生の米を正暦寺から湧き出ている水に浸けておくことで乳酸発酵が行われ、二日間ですっぱい水(そやし水)になり、これを酒母の仕込みに使うという点です。化学的な研究により、正暦寺の水の中から特殊な乳酸菌(正暦寺乳酸菌)が見つかっており、この特別な乳酸菌が使われた酒母となっています。事前に作ったそやし水を酒母の仕込み水に使い、雑菌汚染を防止するという点が非常にユニークです。あらかじめ乳酸を添加する現代の速醸酛にも少し似ています。また、自然の中に存在する乳酸菌を利用するという意味では生酛や山廃酛のようなニュアンスも持ち合わせています。


二 各銘柄のコンセプトについて教えてください。

大きく分けると「風の森」と「水端」「鷹長」の3つになります。「水端」と「鷹長」で探求した古典技法を「風の森」では現代の技法と融合させ今にしか表現できない日本酒を志し、次の世代に日本酒を伝えてまいりたいと思っています。

2021年にスタートした「水端(みづはな)」では、日本清酒発祥の地、奈良の伝統技法を甕仕込みによって探究しています。


「風の森」は1998年に私の父が始めた銘柄で、当初から搾りたてそのままを瓶詰めした、無濾過・無加水の生酒をお客様に提供しています。全て7号酵母を使い、奈良県産の秋津穂や露葉風といった契約栽培のお米を中心に、原料米や磨きの違いを表現しようというコンセプトです。また、「風の森ALPHA」シリーズは奈良の伝統技法である菩提酛を用い、現代的な革新技術を組み合わせ新たな「風の森」のスタイルでチャレンジをしている銘柄です。正暦寺乳酸菌を用いて油長酒造内で造った菩提酛を使用しています。

2021年にスタートした「水端(みづはな)」では、日本清酒発祥の地、奈良の伝統技法を甕仕込みによって探究しています。「水端」とは、物事のはじまりのこと。1719年より酒造りを営む 私たちが次の100年を見つめ、これから担うべき酒造りを自問するなかで、「水端」を通して現代の日本酒醸造技術の源流を辿ることにしました。古典技法に触れ、当時の発酵容器である甕でそれを再現することで日本酒のさらなる技法や魅力を発掘する。そして、これを後世に伝え、未だ見ぬこれからの日本酒の進化のかたちを模索していきます。

ブランドメッセージである「古の奈良に伝わる忘れ去られた技法を、当時の文献を頼りに、現代の醸造家が再現する」をもとに、お客様が日本酒の歴史の奥深さに触れると共に、 五臓六腑にしみ渡るような、奥行きのある味わいを楽しめる日本酒を目指します。

最後に、「鷹長」は、菩提山正暦寺からいただいた酒母を用いて菩提酛の純米酒を造る文化的事業と位置付けています。



ごく少量なのですが、鷹長菩提酛純米酒を甕に入れて常温熟成しているお酒もあります。




三 私の好きなお酒のひとつに、鷹長の熟成酒があります。どのように熟成させていますか?また、熟成酒から学んだことはありますか。

まず、熟成をさせようと思って造った酒なのか、熟成をさせずに呑んでほしいと思ったお酒なのかという、造り手の設計思想があると思います。現代の日本で割と好んで飲まれるような、ある程度フローラルでフルーティな香りがするお酒の熟成は、恐らく非常な低温(0~5度もしくはマイナス温度)での長期貯蔵による味の変化が可能なのかもしれませんが、これは業界的にも模索中です。

案の定、長期熟成にも十分耐えられる酒質で 5~10年経っても常温熟成であっても豊かな味わいを楽しんでもらえるというのが鷹長菩提酛純米酒の特徴です。


日本酒は、江戸時代からずっと新酒や1~2年熟成のものをブレンドしながら消費されてきからです。あまり長期熟成を視野に入れて造られた酒はありませんでした。一方で、私たちが造っている鷹長菩提酛純米酒のように、元から搾った段階で熟成をさせたいという酒もあります。熟成した時にも味わいを楽しんでいただけるように、乳酸菌と酵母が作る酸で酸性度が高くて且つお米をしっかり溶かしてお米の甘みをたくさん乗せるように味を設計することで、甘酸っぱい酒になります。甘酸っぱい酒というのは、長期熟成にも耐えやすく、長期的に熟成させても美味しいというのは自分の経験の中でもあります。

シェリー酒を頂いた時に、ドライなシェリーを熟成した物よりも甘いシェリーを熟成した方が私は好きでした。そういうところを少し意識しているのと、室町時代の人は熟成せずともこういった甘味と酸味の強い酒を呑んでいたのではないかと意識しながら造って、販売しています。ごく少量なのですが、鷹長菩提酛純米酒を甕に入れて常温熟成しているお酒もあります。案の定、長期熟成にも十分耐えられる酒質で5~10年経っても常温熟成であっても豊かな味わいを楽しんでもらえるというのが鷹長菩提酛純米酒の特徴です。

ステンレスタンクと甕とか壷で熟成させるのとでは、空気との接触が全く違って、壺、甕で熟成させることによって熟成の速度も速いし味の変化も大きくなります。より魅力的なものになる可能性があると考えています。

四 風の森をフレッシュに保つ方法教えてください。

熟成という観点では鷹長の菩提酛と全く真逆の考え方で造っている酒がALPHA含めた風の森シリーズです。風の森は全く加熱火入れしないお酒なので酒の味わいがどんどん変化していきます。酒を花に例えると風の森は生の花です。生まれてすぐの風の森は状態の硬いつぼみのようなものです。時間と共に蕾はどんどん開いていきます。ですから蕾の状態を少しでも維持しながら(参加防止と冷蔵流通によって)お客様にバトンタッチをしてお客様が栓を開けてから花が咲いていくところも散っていくところも軸だけになっていくようなところも、全ての表情を見せたいなと思って造っています。

酒を花に例えると風の森は生の花です。



酒蔵で花開いたものを酒屋に売ってお客様にお届けすると、お客様に楽しんでいただけるのは花が開いて以降の味わいだけで、蕾のころの味わいは楽しんでもらえません。できるだけ生酒だけども味わいの変化を抑えたものをお客様の元に提供することを意識して造っています。

製造工程の中で極力、酸素と触れて酸化をさせないことによって、生酒の蕾の状態を維持するのです。瓶詰めまでの工程で蕾の開いていく速度を遅くするためには、しっかりと酸化を抑える必要があります。そのために私の考えた特殊な瓶詰めの装置を使って、瓶の中の空気を窒素ガスで追い出した後にお酒を瓶詰めします。また、搾り機が2階にあるのでポンプでお酒を遠くまで送らなくて良いです。2階で搾ってそれを重力で落とすだけなので優しく酒を移動することができます。このように色々なことを工夫しながら極力酸化を防止し、低温状態を維持することによってできるだけ蕾の状態の酒をお客様に提供できます。


五 ルイ・パスツールは19世紀に低温殺菌を発見したとされていますが、実はそれ以前から日本では低温殺菌が一般的に行われていたことが古文書からわかっています。そのあたりを詳しく教えてください。

多聞院日記という興福寺のお坊様が書いた室町時代の日記に、お酒の記述があります。その中に日本で初めてお酒を火入れして樽に詰めている記述があります。それが永禄11年の6月になっているので1560年代だと思われます。これが火入れの事実が書かれている最初のものです。ただ、この時の火入れの温度はおそらくルイ・パスルールが見つけた63度より低かったのではと言われています。パスツールが微生物学的にも酵素と言われるものが完全に失活して安定性が高まるということを見出しましたが、この当時のお寺のお坊さんはお酒を加熱している釜に手を入れて、これくらいの温度かな、といった具合の管理で火入れをしていましたので、精密に63度ということではありません。ただ、加熱することによってお酒が安定化することを見つけていたということは明確です。

童蒙酒造記という文献によると、火入にも種類があり、薄火入れと言って、火入れ温度を低くして流通させるのが地元用、熱火入れと言って高めの温度でに火入れするのが遠く東京の方まで運ぶ酒だったという記述があります。


火入れは結構奥が深くて、江戸時代になってもまだ温度計はありませんでした。童蒙酒造記という文献によると、火入にも種類があり、薄火入れと言って、火入れ温度を低くして流通させるのが地元用、熱火入れと言って高めの温度でに火入れするのが遠く東京の方まで運ぶ酒だったという記述があります。流通先に応じて温度を変えているというユニークなことを江戸時代にやっていたようですね。


六 杉樽を使う酒蔵が復活しています。杉樽は、奈良の僧坊酒に深く関わっているにもかかわらず、ステンレスタンクにこだわる理由を教えてください。

なぜ私たちが風の森で奈良に伝わる伝統技法と現代にしかできない前衛的な技法を融合させて酒を造るのかというと、500年前の寺院醸造でのお酒造りのプロセスの爆発的な進化が起こった奈良だからこそ、今の時代何か変化させてそれがまた後の時代でスタンダードになるようなものができるのではと考えています。なので、今しかできないようなことを果敢にチャレンジすることがまた伝統になっていくと信じています。風の森は後の世代のことをしっかりと考えて、過去のことに縛られることなく今自分がやりたいベストな道具、設計で製造したい。現代では微生物の研究も進んでいますので、風の森では微生物の営みを精密な温度調節によって変化させることで生み出されるお酒を造りたいのです。

木桶はいつの時代に生まれたかというと、多聞院日記の第三巻によると大体1590年ごろです。



木桶はいつの時代に生まれたかというと、多聞院日記の第三巻によると大体1590年ごろです。日本で初めて奈良で木桶を使った酒造りの記述があります。この時代に木材の加工精度が高まって、大きなパーツを上手く組み合わせることができるようになりました。木桶は生産性を高めるためにより一層大きな発酵容器を求めて木を丁寧に加工することで、出来上がったものです。これによりお酒の大量生産が可能になったのです。木桶が使われるようになる1590年ごろより前は、お酒は甕で造られていました。当時でよく使われていた甕の容量は3石ぐらいでした。今の容量にすると300~400リットルぐらいです。私たちは2021年に「水端」という銘柄で、甕を使用し、多聞院日記に書かれた方法をベースにした酒造りを復活させました。

木桶を使った日本酒を造る酒蔵は近年急増しています。しかし、私たちは室町時代に寺院で甕を使って酒を醸造していた奈良を拠点にしているので、私が興味をそそられるのは木桶仕込みではなく甕仕込みです。「水端」で最も古典的な甕で仕込むことで忘れられた技法をこの世に再現し、そこから得た知見を「風の森」で現代の酒造りに生かすことができないか模索しています。そして持続性のある酒造りを目指していきたい。自分の子供や孫が奈良の酒蔵として自信を持って行える酒造りのメカニズムをここで構築したいと考えています。


ということは、伝統的にも1300年前から奈良では既に全国の米を酒米として利用していました。



七 日本酒にワインの用語を採用するべきかどうかには賛否両論あります。時間や場所の表現である「テロワール」は、ワインのように日本酒の世界でも存在するのでしょうか。

日本酒造りをテロワールという言葉で表現するとすると、お米の栽培地の地域特性(テロワール)と仕込み水のある酒蔵の個性(テロワール)の融合なのではないでしょうか。

日本酒はまさに米の個性と仕込み水の掛け算で出来上がってくるものなのです。



大前提として日本酒にはワインと異なる原料の要素があります。原材料として、お米より仕込み水の方が、割合が多い。日本酒の原料は穀物の米なので、遠方からでも酒蔵に運び込んで酒造りをすることができます。酒蔵のある地域の米を活かす酒造りができる一方、自分たちの使ってみたい米を選び、運んで酒造りをすることもできます。

さまざまな地域のお米をその酒蔵に湧き出でる固有の水によって醸す。日本酒はまさに米の個性と仕込み水の掛け算で出来上がってくるものなのです。ですから端的に酒蔵のある地域以外のお米を使っているからテロワールを表現できていないというのは間違いです。

米を長距離運ぶようになったのは、奈良時代から始まっていました。奈良時代には政府の中に醸造所があり、その醸造所にあった溝の中から「木簡」という木のメモが発掘されています。そこには面白いことがたくさん書いてあります。例えば尾張国の酒米の荷札です。尾張というのは今の愛知県で、奈良の都に愛知県から酒米が届いた事実を語っています。

ということは、伝統的にも1300年前から奈良では既に全国の米を酒米として利用し、醸造所の土地でしか得ることのできない仕込み水とのコラボレーションによる酒造りを行っていました。これはやっぱりブドウを原料にするワイン作りとは違いますよね。

まさにお米の栽培地の地域特性(テロワール)と仕込み水のある酒蔵の個性(テロワール)の融合を伝統的に行ってきたのが日本酒づくりなのです。



SIGNOR SAKEのお気に入り

鷹長(たかちょう) 菩提もと 純米酒 生酒 2023

いわゆる「甘口の酒」ではないものの、甘酸っぱさの中に、一瓶飲み干したくなるような複雑さがある。シルキーで官能的、洋ナシ、レーズン、フェンネル、バニラ、シイタケの香り。温度帯により、カメレオンのように様々な個性が現れる。

奈良の僧坊が開発した菩提酛で造られている。古くからあるこの方法では、乳酸菌を自然に増殖させることで、腐敗の原因となる微生物を防ぐ。鷹長の酒母は菩提酛発祥の正暦寺でつくり、油長酒蔵まで運んで酒造りに使われる。

米の種類:ヒノヒカリ
精米歩合:70%
酵母: 蔵つき酵母
日本酒度:−30
酸度:3.6
アミノ酸度:2.0
アルコール度数:17度
カテゴリ:純米
サブカテゴリー:生酒
スタイル:甘酸っぱい芳醇旨口

リシャール ジョフロワ

リシャール ジョフロワ