川村直孝

川村直孝

Seven with Signor Sake:川村 直孝(かわむら なおたか)川村酒造 岩手県

私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。

川村 直孝さんは岩手の一匹狼とも言える存在で、東北にいながら西日本スタイルの日本酒を造っています。彼のお酒は、東北で多く見られる軽い辛口タイプではではなく、彼の友人たちが造っているようなものすごくどっしりとしたタイプでもありません。どちらかと言うと、ちょうどその間くらいで、繊細でありながら風味があり、香りが穏やかなお酒です。

埼玉県にある神亀酒蔵との出会いをきっかけに、川村さんは全国の日本酒を飲み歩き始め、父親とは異なる方向性の日本酒を追求するようになりました。そして、自分で造る酒のために新しい銘柄を立ち上げ、酒蔵を創業した祖父にちなんで「酉与右衛門」と名付けました。

川村酒造店は、南部杜氏の拠点である石鳥谷という小さな町にあります。杜氏として酒造りの監督をするのはもちろんのこと、南部杜氏の確固たる醸造哲学は岩手を越え全国に影響を及ぼし、石鳥谷の町には杜氏や醸造の歴史と文化の博物館もあります。南部杜氏が全国で活躍する現在でも、石鳥谷にある酒蔵は川村酒造店のみです。



一 今日ご用意いただいた美山錦、亀の尾、吟ぎんがの説明をお願いできますか?

今週は3種類の「酉与右衛門」の搾りたてのお酒をご用意しました。どれも木炭による濾過をしていない無濾過の原酒です。お米の品種だけが違います。赤ラベルは「美山錦」、緑は「亀の尾」、白は「吟ぎんが」を使用しています。

美山錦はもともと固い米なので、一般的には薄い酒が多いのですが、米の外側を削って(55%精米)仕込むと味が出てきます。その味は濃厚で少し香ばしさを感じるので、スパイシーな野菜炒めや肉などともよく合います。

亀の尾は、たぶん50年ほど前まで食べるために作られていた米で、古いタイプの米なので今のコシヒカリやひとめぼれなどとは違って、旨味成分が少なく淡白な味わいです。そのため、お酒を造っても味わいは軽く仕上がります。香りにほのかな青い草を感じるのは野生に近いからかもしれません。

吟ぎんがはお米が比較的柔らかいので、旨味がふんわりと溶け出しているお酒になります。後味に軽い苦みがあるので、えぐ味のある春の山菜や魚介類、特に三陸産のホヤは相性が良く、合います。


二 川村さんの蔵は1922年創業の由緒正しい蔵ですが、継ぐのことにプレッシャーを感じましたか?

親からのプレッシャーは特にありませんでしたが、どうせ継がなければならないだろうと思っていたため、自然に蔵に帰ってきました。私の父は色々なことに興味があったので、様々な機械、設備を借金してまで購入しました。1億円かけて大きな1万リッター以上のタンクを作ったこともあります。その設備も継ぐことになっていましたが、それらの機械は使用しないことを条件に酒造りを継ぎました。

“その設備も継ぐことになっていましたが、それらの機械は使用しないことを条件に酒造りを継ぎました”


自分独自の方法で酒造りを始めた当初は、やはり売れませんでした。父には「会社をつぶす気か」「普通の酒を作れ」とたくさん言われましたが、父の助言を全部無視して自分の信念を貫きました。父は酒造りには携わっていなかったため醸造の知識はなく、蔵の経営のみを担っていました。その一方で、私は蔵に入って仕事をしていたため、父とは経営方針が全く異なりました。それもあり、私がどんな酒造りを目指しているのかが、父にはわからなかったのだと思います。



三 子供のころの蔵の思い出を教えてください

今使用していえるホウロウタンクと違って、昔は木の樽を使用していました。木の樽は洗ったり乾かしたりする必要があったため、身の回りにゴロゴロ酒造りの道具がいっぱい転がっていました。機械もたくさんあって、まるで遊園地のようだったのを覚えています。そんなこともあり、幼い頃は酒造りは良く分かっていなかったけれども面白い世界だと思い、遊び場にしていました。


四 日本酒への興味はどこから来たのですか?

私は20才までは酒に興味はありませんでした。ハードリカーのほうが好きだったのです。今から40年近く前はおいしい日本酒が世の中に出回っていなくて、日本酒ってこんなものかと思っていました。蔵に戻ってしばらくは、酒造りではなく営業販売をしていたほどです。20年前、35才の時に埼玉の神亀を始め、色々な蔵人に出会って、世の中には自分の知っている酒とは違う酒があるのだと分かり、それから酒造りに目覚めました。それまでは東北特有の香りがある酒が一番良い酒だと思っていました。 35~45才までの10年間は自分探しのような感じで自分の蔵の方向性を決めるために、日本中あちこちを歩き回りました。特に巡礼と呼ばれるようなことはやっていませんが、自分の酒を探して国内を歩きました。

“今から40年近く前はおいしい日本酒が世の中に出回っていなくて、日本酒ってこんなもんかと思っていました”


たくさんの蔵から色々な情報をもらって、その情報を自分で解釈し、消化しました。今から15年程前に自分の蔵の酒造りに入りましたが、営業として酒造りを見るのと現場で見るのとでは全く違いました。酒造りに対する考え方がここでも変わりました。造り手人がいなかったのと、酒造りをやりたくなったタイミングが一緒だったため、私が入ることになったのです。経営者の私が酒造りに入ると、現場の人は迷惑だったかなと今となっては思いますが、本気でやれば現場の人間にも思いが伝わると考え、酒造りの世界に飛び込みました。


五 川村さんのことをアウトサイダーと呼ぶ人もいますが、どうしてでしょうか?

東北では香りの酒を作って、そういった仲間と付き合いする蔵がほとんどで、当たり前のことになっています。普通ではないタイプの酒を造って、販売先として東京のユニークな酒屋と付き合いがある私は、周りの岩手の人から見るとアウトサイダーなのかもしれないです。

“私は、周りの岩手の人から見るとアウトサイダーなのかもしれないです”


また、酒の拡販活動は都内のホテルでイベントをして、バイヤーやお客様へPRするのが通常ですが、同じような活動を20年、30年もやっているのにも関わらず、酒が広まっていないと感じています。活動の意義が感じられないイベントには行かないようにしています。既存の販売店と強い絆があり、新規販売網の獲得には力を入れていません。こういった行動がアウトローと呼ばれる原因かもしれないです。

六 東京の酒販店のオーナーである本間さんとは親交がありますが、本間さんは生酒を常温で熟成させるなど、日本酒に対して独特の考え方を持っていますよね。本間さんとの関係について教えてください。

今から20年程前に知り合いの蔵元数人と一緒にお店に伺ったのが最初です。本間さんはご自身の信じる「良い酒」しか扱わない人なので、「自分が旨いと思う酒」を造ろうと思っていた私には、同じような感覚で生きている人だと思えました。毎年お酒を送って意見を聞いたり、お店に伺って色々な話をしながら、3~4年後にやっとお店に並べて頂けるようなお酒が出来るようになり、今に至っております。

本間さんが関西の米である山田錦と雄町のファンなので、それを使用して醸造していますが、本間さんが店を辞める時は一緒に醸造を止めるかもしれないです。本間さんは以前、美山錦は購入しなかったんです。というのも、他の蔵の美山錦の生酒が販売中にだめになってしまったようで、それから美山錦を信用できなかったと聞きました。本間さんに私達の美山錦の酒の良さを分かってもらおうと、山廃で仕込んだ美山錦の酒を飲んでもらいました。それから気に入ってもらい、美山錦も買ってくれるようになりました。

“これをきっかけに、徐々にドメーヌ化していくのが私の夢です”


七 川村酒造店の今後について、いかがお考えでしょう?

山田錦や雄町は良い米なのですが、やはり地酒というものは地元の米を中心に使うべきだと思います。宮沢賢治をご存じですか?有名な童話作家なのですが、彼が地元の花巻で農業の指導をしていた今から100年ほど前、この辺で栽培していた「陸羽132号」の種もみ栽培を今年始めました。今年は種作りなので仕込むほどは穫れませんが、来年には小さい仕込みを1本造れるかもしれません。これをきっかけに、徐々にドメーヌ化していくのが私の夢です。頑張って実現します!


SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒

酉与右衛門 ホワイトラベル 吟ぎんが 特別純米

最初はチリチリと泡立ちを感じ、口当たりは軽いもののうま味が豊かで、後味にわずかな苦味があります。川村さんの提案通り、春野菜やシーフードと合わせてみてください。熟成にも向いており、酉与右衛門の酒は全て3年目から味が引き立ってきます。

岩手は国内有数の杜氏の本拠地であるにもかかわらず、岩手特有の米の品種はこれまでありませんでした。酒蔵から多くの要望を受け、岩手県農業センターは出羽三山(山形県)と秋田県第49号(秋田県)を掛け合わせた品種をつくり、宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」にちなんで「吟ぎんが」と名付けました。

米の種類:吟ぎんが(岩手県)
精米歩合:50%
酵母:協会酵母7
アルコール度数: 16%-17%
カテゴリ:特別純米
サブカテゴリー:無濾過生原酒

佐々木要太郎

佐々木要太郎

勇人荘司

勇人荘司