寺田栄里子

寺田栄里子

Seven with Signor Sake:寺田栄里子(てらだ えりこ)旭日酒造 島根県

私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。

古事記には、スサノオが8つの頭を持つ怪物ヤマタノオロチを退治するため、8つ壺に入れた酒で酔わせ、首を切り落としたという伝説があります。この神話の地が、日本酒発祥の地と言われ、日本で最も古い神社の一つである出雲大社のある島根です。江利子さんの家族は、この地で1872年から朝日酒造を営み、「十旭日」という銘柄で酒造りを行ってきました。

島根の歴史と文化に育まれた江里子さんは大学卒業後、京都でお茶を扱う企業に就職し、生まれ育った町と家業を離れました。しかし、ほどなくして家庭の事情で蔵に戻ることになります。思い描いていた未来とは違ったものの、こうしたきっかけがあったことに感謝していると言う江里子さん。スサノオのようにリスクを恐れず、今では応援してくれるコミュニティに支えられて個性的で美味しい酒造りに挑戦し続け、高級レストランで採用されるまでになりました。


一 蔵に入る前は何をしていましたか?

私は小さい頃から将来何になりたいかはっきりしていたタイプではありませんでした。立命館大学で社会学の中でも福祉を学んでしましたが、勉強はあまりせずに、テニスばかりしていました。 勉強していた福祉の仕事で暮らして行くのは難しいと感じましたが、京都は離れたくなかったの で、スーツを着なくて良い、ヒールを履かなくて良いような仕事を探していました。就職先も和菓子や、お茶を取り扱っているような伝統的な仕事を探していました。結局卒業後、京都にある一保堂というお茶を取り扱う、300年の歴史を持つ会社で3年間働きました。今でも京都に戻ると挨拶に行きます。


二 歴史ある家業を継ぐことにプレッシャーはありましたか

当初は、酒造りの大変さを知らなかったのでプレッシャーはありませんでした。父から蔵に帰ってこいと言われ戻ってきた時は、まさか今のように色々な業務を引き受ける存在になるとは思っていませんでしたので、なおさらです。

蔵に来る前にしていた仕事は家柄関係なく、一人の人として社会、仕事場と付き合いがあったので大好きでした。そこでずっと働きたいと思っていたのですが、丁度その時期に祖父が亡くなり、祖母は体調を崩してしまいましたが、弟と妹が通学のため地元を離れていて、頼れる家族が父の周りにいませんでした。更に、お酒を作る人も高齢化して、若い造り手も育っていませんでした。 父はこの蔵はどうなるんだろうという不安を感じていたに違いありません。 そこで、役に立たないかもしれないけれども、せめて家族を近くにおきたいということで私を連れ戻したのかと思います。仕事は好きでしたが、自分の家族が困っているときに放っていられなかったので、地元に帰りました。多くの責任を負っている今の方が蔵に対してプレッシャーを感じています。


「仕事は好きでしたが、自分の家族が困っているときに放っていられなかったので、地元に帰りました。」


三 蔵に入社して、最も誇りに思うことは何ですか?

今は、酒造りでは副杜氏として、造る酒は自分で決めています。 麹作りが主な担当ですが、麹を担当するとお米を洗うところから全て関わるので、醪の発酵も見ます。分析値を出して、傾向を把握してどういった方向に持って行くのかも全体的に管理しています。

生酛造りの製造提案は数年前にしていたのですが、20BYに一番最初の生酛を作ることができました。製造当時は杜氏から反対され、もし失敗したら僕は責任持ちませんよと言われましたが、とにかくモノクロの味を表現したくて反対を押し切り、製造しました。

専務取締役としては、まだ会社の中で役割を十分に果たしていないかもしれないですが、蔵を取り巻く周りの方とのお仕事や付き合いについては、私が看板となっています。 周囲の意見を酒の作り方にも反映させています。この仕事に関して他の人に代わりにしてもらうことはできないと自信を持っています。

島根県の他の蔵でも、お米、酵母は同じような産地から購入しているし、水も同じような水質かもしれない、そのような条件下で私たちの蔵の独特の味があるのはなんでだろうと考えました。 特に元々製造していた熟成酒はその味の違いがはっきりが出ます。そのことから、もしかしたら蔵に住むものが関係しているのではないかと考えました。そして、蔵に住むものだけで酒を造ったら、それこそ私たちの蔵の酒だと言えるのではないかと思い、チャレンジしたいと思いました。これは私に製造の知識がなかったからこそ思い付いたことでたことで、農大を出ていたら考えつかなかったことかもしれないです。失敗する恐怖よりも挑戦への好奇心がありました。この時は大きいタンクで普通酒をたくさん仕込んでいましたので、その中で小さく生酛を造りまし た。今では3割は生酛を造っています。


「島根県の他の蔵でも、お米、酵母は同じような産地から購入しているし、水も同じような水質かもしれない、そのような条件下で私たちの蔵の独特の味があるのはなんでだろうと考えました。 特に元々製造していた熟成酒はその味の違いがはっきりが出ます。」



四 埼玉のメーカー「神亀」は、純米酒マニアの間でかなりの影響力を持っています。エリコさんもご縁があるのでしょうか?

神亀酒造は自分たちだけではなく日本酒の業界として良くなろうと思っています。 私たちもとても助けられましたので、いつか恩返しをしたいと言ったことがありましたが、その恩は次に困った方へ繋げてくださいと言われました。先日のリーガホテルのイベントでは神亀酒造の亡くなった専務の奥さんにお会いできました。彼女にもとてもお世話になりました。


五 日本酒の普及を阻むものは何だと感じていますか?

お酒は色々なタイプがあってとても面白いのですが、こっちは良くてこっちはダメという意見を 言う方が割とたくさんいて、それが悲しいことです。 自分はこれが好きというのをお互いに認められたら良いのですが、自分の好む酒を良いと言いた いがために、他タイプのものをダメだと言うのは間違っていると思います。

フレッシュでフルーティなお酒はやはり誰にでも飲みやすいので提供もし易いです。 冷蔵庫で冷やして綺麗なグラスに入れれば、アルバイトの人が注いでも、店主が注いでも同じよう に味わえます。熱燗や熟成酒は料理と合わせたり、温める必要があるので、酒の良さを伝えるのに手間がかかり、伝えずらく、面倒臭いと思われがちですが、そういう楽しみがあるからこそ酒全体として豊かになるということがもう少しハードル低く伝わって欲しいと思います。

私たちの酒は個性派、変態とも言われますので(笑)、ガチガチに宣伝等するつもりはないです。 私は数字で伝えたり、かっこよく伝えることは得意ではないですが、ラベルに面白い仕掛けをしながら、人と会話をして楽しく伝えることができます。面白おかしくではないですが、とっかかりとしてまずは美味しく楽しく広めていけたらと考えて います。どういった順番を踏めば良いのかまだ具体的には分からないのですが。


六 醸造協会が提供する培養酵母は、酒蔵にとって救いの手とも言える存在ですが、最近では蔵付き酵母を使用する蔵も出てきています。酵母についてどのようにお考えですか?

協会酵母は7号、9号、泡なしの701を使用しています。島根県で培養している島根K1は吟醸向けに使用しています。昔からの酵母です。華やかさは出ないです。昔から使用しているので、急に味を変えて昔からのお客様を悲しませたくないので使用しています。蔵付きも協会系に影響されるというのですが、生酛は違う泡が出ているので蔵についているものは強いと思います。今丁度分析してもらっているところです。

酒造りをする建物は土壁で大正15年の建物です。梁がたくさんあり、外は漆喰で塗られています。建物全体が呼吸している空間の中で酵母、麹菌という生きているものが育っていることが自然に感じます。人間も呼吸している。生きているものが生きている空間で出会い、一緒に酒を造って行く、このやり方を大事にしたいです。

麹を育てる道具もなるべく木を使用し、酛摺りをする道具も木の桶を使用しています。タンクはまだ木桶は導入できていないです。協会酵母の影響もあると思うので、100%蔵付き酵母にするかはまだ分からないです。


「建物全体が呼吸している空間の中で酵母、麹菌という生きているものが育っていることが自然に感じます。」



七 東京のミシュラン2つ星レストラン「NARISAWA(ナリサワ)」で御社のお酒が提供されていますね。日本酒を広めるために、レストランが果たす役割とは?

知り合いの飲食店の店主5人ぐらいで直接店舗へ行きました。NARISAWAの酒と料理の合わせ方は私が普段行くお店とは違いました。自分たちは酒を生み出す方であり、魅せ方は詳しくないです。自分たちの切り口とは違う、演出の仕方が素敵でした。こういった飲食店など、色々なところで学んで、期待して待っている人たちに対して、作り手として真剣に米に向き合うことが大事だと改めて気付かされます。



SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒

純米純米吟醸 2015 山田錦 55%生原酒

アルコール度数は18%ですが、発売前に3年間蔵で熟成させているため、それを感じさせない、まろやかな口当たりになっています。原料米は山田錦を100%使用し、精米歩合は55%、酵母は花の香りがしない島根県産K1酵母を使用しています。日本酒度(SMV)は+7で、かなり辛口のお酒です。(SMVの平均値は0~+5です。0より甘い酒は甘口、+5以上の酒は辛口と言われます。

スタイル:ディープとリッチ



久保順平

久保順平

竹鶴敏夫

竹鶴敏夫