勇人荘司

勇人荘司

Seven with Signor Sake:勇人 荘司(はやと しょうじ)木戸泉酒造 千葉県

私のお気に入りの日本酒の造り手に7つの質問を通して話を聞き、歴史ある伝統技術に迫ります。

木戸泉の特徴は、個性的でパンチの効いた味わいの日本酒と、流行に流されない姿勢です。政府が敬遠していた有機米をいち早く採用し、業界の常識にとらわれない方法でつくった酒母を使って酒造りをしています。さらに、熟成酒の品揃えもトップクラス。東京から2時間ほどの距離にある千葉県の小さな漁村、大原で、5代目蔵元・杜氏である荘司勇人さんが5人のチームで運営しています。



一 荘司さんは150年も続く酒蔵の五代目ですが、家業を継ぐプレッシャーはありましたか?


当初、私は経営するポジションとして蔵に戻ってきたのではなく、職人として蔵に戻ってきたので、会社を担うというプレッシャーはありませんでした。また他にやってみたい仕事はありまししたが、特に強い希望はなかったです。私は5人兄弟の長男で、他にも大学で酒造りを勉強している兄弟はいたので自分がどうしても継がなければいけないという状況でもありませんでした。また小さいころから長男として育てられている意識はあった気はしますが、それに対してのプレッシャーは感じたことはないです。

“通常、杜氏が変わると味も変わってしまうと言われている”


私は小さいときから自然と酒蔵を継ぐと感じていたのかもしれません。逆に今、代表になってからのほうがプレッシャーを感じています。私は2001年に蔵に戻り、私の前の杜氏が丁度2012年に亡くなってしまったこともあり、2013年に杜氏になりました。酒造りの全体の流れはすでに把握していたので、できない仕事はありませんでしたが、頼る人がいなくなってしまったことで、杜氏であることのプレッシャーを感じました。

通常、杜氏が変わると味も変わってしまうと言われているため、お客様にはお伝えせず、私が杜氏になって初めての酒が出荷されてお客様に”今年も良いお酒だね”と言われて初めて、杜氏が変わった事実を発表することができました。



二 東京農業大学で醸造を学ばれましたが、 酒造りに対する見方は変わりましたか?

学生時代は基本的な醸造学、発酵学を学びました。4年目はずっと研究をしていましたので、その研究内容は今に活きていると思います。学生の時から、他の酒蔵と自分の蔵が違うことは認識していました。蔵に戻ってからは改善をしようとかではなく、山廃の可能性をどう広めていくか、どうチャレンジできるかということを考えていました。

“学生の時から、他の酒蔵と自分の蔵が違うことは認識していました”



三 木戸泉の起源はなんですか?

木戸泉は曽々お爺さんが1879年に創業しました。たまたま引き取り手がなくなった木桶を購入することになり、それが酒作りをはじめたきっかけです。私達は創業当初、主に漁業と塩や筵(むしろ)の販売をしていました。昔は塩の販売も免許が必要でした。酒屋を専業としたのは祖父の代です。

“木戸泉は曽々お爺さんが1879年創立しました。たまたま引き取り手がなくなった木桶を購入することになり、それが酒作りをはじめたきっかけです”


四 お祖父様の下で酒蔵の方向性はどのように変わりましたか?

酒造りを専業にしてからすぐは普通の酒しか造っていませんでした。昔から“酒は百薬の長"と言われていますが、その謂れの通り、健康を害するものではなく健康に付与するものを作りたいと祖父は考えていました。酒で幸せを感じてほしいという思いから、祖父は口に入るものに悪いものを入れたくないと考えました。

第二次世界大戦で敗れてものがない時代は、流通システムや醸造技術が今のように確立していなかったため、酒を作ってもお客様の手元に届くまでにダメになってしまうことがありました。その劣化を避けるために保存料が入った酒が出回りました。国としても酒税をを回収したいために保存料を使っていいと許可を出していたので、昭和20~40年初めまで当たり前のように使われていました。その後、昭和44年にWHOが毒性を認めて添加を禁止したので、今のお酒には使われていません。

“祖父は保存料に頼らなくても劣化しないものを作りたいと思っていました”


祖父は保存料に頼らなくても劣化しない酒を作りたいと思っていました。酒造りを始めた当初から世界中の人たちにも日本で作ったおいしい酒を飲んでほしいという気持ちがありましたが、その時代はまだ空輸はなく、時間がかかり環境も悪い船便しかありませんでした。そこで、祖父はそのような運送環境でも劣化せず、熟成しておいしいお酒を最初から前提に酒を造っていました。「熟成しておいしい酒」を試行錯誤してできたのが高温山廃です。美味しいお酒が造れるようになるまで、昭和31年~昭和40までの10年間研究し続けました。1974年から現在に至るまですべての年の古酒をギャラリーに保管しています。情報収集が難しかった時代であるにも関わらず、祖父が50年先を見て計画をしていたのが未だに信じらないです。


五 木戸泉の歴史を語る上で無農薬米は外せませんが、無農薬米について聞かせてください。

自然栽培のきちんとしたルールや定義はないですが、私たちの定義は農薬、化学肥料を一切使用せず、堆肥も有機物は使わないことです。農薬、化学肥料、有機物を使用しないことを最低3年以上続けている土壌であること。堆肥は動物の糞尿等は利用せず、藁等の植物性のものを利用しています。最近は千葉の農家では動物性ではないが海の海藻を使用した堆肥もあります。土地によって違うので、それぞれの土地にあったものを工夫して作れば良いと思っています。

“無農薬栽培は最初は時間がかかりますが、何年か続けていくうちに土地が肥えて、土本来のエネルギーが食物に伝わります”

無農薬栽培は最初は時間がかかりますが、何年か続けていくうちに土地が肥えて、土本来のエネルギーが食物に伝わります。私達は1967年から自然米を使用していますが、当時は食料管理法があり、米は全農を通して購入する必要がありました。現在のようにお米を自由に流通させることができなかったのです。そのような状況下で私達は闇米として仕入れていました。農家の思いを大事にしたかったので危ない橋を渡っていたのです。


六 木戸泉での乳酸の扱い方については情報が錯綜していますが、実際はいかがですか?

乳酸菌は元々、学者が自然界から分離して菌を特定し、保存、頒布していて、それを自分たちで培養して増やします。乳酸と乳酸菌の違いは、乳酸は物質、乳酸菌は微生物で生きています。私たちは10月の仕込みから1ヵ月間乳酸を入れて、その後は入れません。以前は最初から最後の工程まで乳酸菌をずっと入れていましたが、より自然な環境へのチャレンジとしてここ2~3年でこういう作り方にしています。

“私達は1967年から自然米を使用しています”


七 自然米スパークリングとAFSスパークリングの2種類を造っていますが、炭酸ガスは発酵の副産物ですよね。どのように瓶詰めされていますか?

瓶詰め方法は他の酒と一緒です。違いは白濁しておりが入っているだけです。空タンクに絞った酒を入れて、粗越しした醪を入れて混ぜた後、瓶詰をしています。圧は正確な数値は測っていませんが、瓶詰めした数日後に開栓して目で確かめています。今のところ、クリアなタイプのスパークリングは造っておらず、にごりのスパークリングのです。



SIGNOR SAKEのお気に入りの日本酒

白玉香 特別純米 無濾過生原酒


木戸泉独自の高温山廃をベースに、一般的な仕込み(4日間かけて三段仕込み)で造っています。
口当たりは甘く、後味はスッキリ辛口です。スパイシーで複雑味があり、フルーティーで華やか、そしてたっぷりの酸味が楽しめます。

米の種類:山田錦(兵庫県)
精米歩合:60%
酵母:木戸泉#7
アルコール度数:18度
カテゴリー:純米
サブカテゴリー:高温山廃、無濾過生原酒

木戸泉酒造ホームページ

https://www.kidoizumi.jp/

川村直孝

川村直孝

井上宰継

井上宰継